2022年04月28日

こんな時、先生ならきっと・・

心が辛い時、良くないことを考えてしまう時、
きっと先生は、勉強をしてやり過ごしたのではないだろうか


現状も問題も、何も変わらなくても、
時間が経てば、心の在りようが変わることがある
方向性が、苦しいことから、少しだけ、逸れることがある

何かをしても、何もしなくても、
一時間、一日、一週間・・・と、時間は容赦なく過ぎていく
だから、なんでもいい、とにかく”何かをした”と、今日の足跡を残そう

そんなふうに考えて、過ごしたこともありました。

しかし、私なんぞは欲張りで、「何かをする」なら、
おかずの作り置きやら、針仕事やら、掃除やら、
「やった感」が見て取れて、実用的で、集中力があまりいらないことに
目が行っていました。

集中できそうにない状況で、勉強や、仕事の資料作りをしても、
またやり直すことになるのが嫌だったのです。


でも、きっと先生なら、そんな状況でも、
テキストや論文に目をやるうちに引き込まれていくのだろうな。

たぶん、習慣の問題。
今からでも挑戦してみるか。
上の空で何ページ読んでも良いじゃないか。
活字は逃げない。消えない。
posted by おユキさん at 18:15| 考える葦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月05日

ノストラダムスの大予言・・・的な何か

先日、朝の連ドラを見ていて、
「ノストラダムスの大予言」が流行ったことを思い出しました。

1999年 7の月
空から恐怖の大王が降ってくる。


ノストラダムスの予言は、他にもたくさんあるらしいのですが、
よく知られていて、ブームになったのが、この、地球滅亡説です。

SFフィクションなどでは、終末論が席巻していました。
(といっても、当時私はまだ子どもで、
それらを知ったのは、大人になってからです。)

20世紀末に生きていた私たちにとって、
この予言は、自分やその家族・友人が
既に死んでいるような未来じゃないというところ、
大人たちには、核兵器の記憶がまだ新しく、
世界中から人間を消すことができるようになってしまった現実が、
まったくの絵空事にできなくしていたように思います。

不幸を望むわけではありませんが、
こうした、誰にも平等に訪れる終末論も、悪くないと思えます。

不景気や戦争などのように、すでにある格差や住まいに関係なく、
逃げる場所もない災厄。
あるのは、皆同じ、残された時間だけ、という時、
「自分はどうしたいか、どのように、どんな環境で死を迎えたいのか」を、
考えやすくなるような気がするのです。

ちなみに、朝ドラのヒロインは、
残りの時間を、好きな人と一分一秒でも長く一緒にいたい、と、
告白していました。(予言を信じる無垢なヒロインなのです。)

このアヤシイ説の良いところは、信じるだけの確たる根拠もなく、
かといって、絶対にないと言い切れないところでもあるのです。

自暴自棄になって、悪いことをしても、
自分だけがバカを見る可能性が非常に高いのです。


さて、あなたなら、あと10年しかないとなった時、
15年後に地球がなくなるとなった時、今をどのように生きますか?
そしてそれがデマだったことも考えて、どう軌道修正しようと考えますか?
posted by おユキさん at 15:56| 考える葦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月05日

こんなに長い幸福の不在

きっともうすぐに、たのしいたのしいしあわせが
やってくるにちがいない。
だってこんなにも長い幸福の不在。
【以下、略。】

銀色夏生「こんなに長い幸福の不在」角川文庫より引用。


ハイティーンの頃、友人が読んでいたものに影響されて
何冊か読んだ作家さんです。

他に、「これもすべて同じ1日」
「君のそばで会おう」などなど。
タイトルで射止められてしまいます。

タイトルのほかには、写真と、写真に添えられた言葉で
構成されたものが珍しいな、と、当時の私は思ったのです。
表題の、「こんなに長い・・・」は、イラストでしたが。

内容については、よく覚えていないのですが、
当時の私には新鮮だった、
感性や言葉選び、物事の切り取り方など、
影響を受けているんだろうな、と思います。

銀色夏生 公式ホームページ

なんとなく、これを読んでいた頃を思い出してしまったのです。


posted by おユキさん at 17:00| 考える葦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月14日

カウンセラーのジレンマ


他人を変えてやろうとか、
他人に感謝されたいとか、
そういう願望を抱えている人間が
心理カウンセラーをするべきではない。

と、良心あるカウンセラーは思い、
そうあるべきと自分を戒めつつ過ごしていると思う。

けれど、
多くのクライエント候補者は、
カウンセラーに自分を変えて欲しいと願い、
感謝したいような、素晴らしく大きなギフトを
くれるカウンセラーに会いたい、
そう思っているようだ。

難しいなぁ。

posted by おユキさん at 21:45| 考える葦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月30日

さよなら平成。で、令和には、何と?

「平成さよならセール」というチラシを見て、
はて、では令和さんには何と声を掛けるんだろう?
と。

してみると、”さよなら”は時間に関係なく使えるのだな、
と、改めて感心。

では迎える時?には何と言う。

「おはよう令和」「こんにちは令和」「こんばんわ令和」

うーん・・・。

そういえば、私も元号が変わる機会に、
何かクーポン的なものを作ろうかと考えたのだっけ。
「welcome 令和」?ようこそ、というのもどうなのか。
結局、決まらなくて企画倒れしました。

明日になれば、色んなプロの方が考えた、
令和への挨拶がわかりますね。

そういえば、新元号が発表された時に知ったのですが、
「令和」さんという名前の方が、案外たくさんいることに驚きました。
「のりかず」さん、「よしかず」さん、などと読むそうです。

ラベル:令和 挨拶
posted by おユキさん at 21:26| 考える葦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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